「ゲーム好きなんだね」
その娘は、笑顔で、1000円札をくずしてくれた。
海風が心地よく吹き、澄み渡る空、白い砂浜。父親の仕事都合でここに連れられ、海のそばのいわゆる「海の家」のようなお店にきていた。
もちろん、水着を用意してきたわけでもなく、ただただ、この海の家で父親を待たなければならず、暇を持て余していた。
その時、業務用のゲーム機があることに気付いた。喫茶店などでは、よく見かける光景であり、ゲームセンターにもあるわけだが、子供である私には、不良のたまり場、入ってはいけない場所、という雰囲気な場所であった。
とても悪いことをしてしまうような、しかし、少し背伸びをしたい、という気持ちと、お金を使うことの罪悪感があり、ゲーム機の周辺をうろうろしては、その領域に入るか入らないかを躊躇していた。
しかし、ここは、自分の村から100 km以上離れた場所。だれも知っている人もいない。だれにもチクられることもない。そんなことに後押しされ、僕は、ゲーム機の前に座った。
そして、お金をいれ、夢中になってゲームを楽しんだ。両親は厳しく、ファミコンも買ってもらえず、友達の家に行って、やらせてもらった時の感動は、今でも鮮明に覚えている。
そして、お金を使い切り、どうしようか悩んでいたが、1000円を使うことを決心し、レジにむかったのだった。
レジには、ショートカットが似合う、Tシャツに短パンの「元気」な少女が店番をしていた。
僕は、まったく知らない女子に話しかけられたことなどなく、それは照れ臭く、100円玉を握りしめ、無言で、またゲームコーナーへと向かった。
父親の仕事は1泊2日だった。父親の仕事は、ピアノの調律師で、ホテルや小学校などのピアノを調律する仕事をしていた。今となっては、とても大変で職人技が必要な仕事であり、魔法使いのような感じで尊敬しているが、当時の僕には、それがわからず、つきあわされるだけ、ただ待たされるだけのつまらない時間が過ぎるだけだった。
1つだけ、なぜ、父親が、全国から依頼が来るのかだけが、不思議だった。
その日は、海辺の小さな旅館に一泊した。波の音を子守歌にして、僕は、あっという間に眠りについた。
翌日も、気持ちの良い夏の日だった。朝から、父親は仕事に向かっていった。僕は、また暇を持て余していたので、「海の家」に向かった。
海でぼーっとしたい、ということもあったし、ゲームをやりたい、というのもあった。もっと背伸びをしたいということもあった。いや、もちろん、あの娘に会いたいな、という気持ちがあったことは、間違いないことだった。
海の家の解放感のある入り口を入り、中を見回したが、あの娘は、いなかった。どこを探してもいなかった。
父親の仕事は、今日で終わりで、夕方にはここを出てしまう。やはり、出会いは、一期一会なんだろうな、と、子供ながらに、人生の洗礼を受けた気がしていた。
まぁ、そんなこともあるかな、と気持ちを切り替え、まだ時間があるなので、砂浜、海辺などの散策をしていた。
ちなみに、この場所は、太平洋の暖流と寒流がぶつかることでも知られる場所で、サーフィンも盛んな地域である。このため、たまに、強風も吹くことがあり、午後からは、風が強くなる予報が出ていた。
そんな時、一人の女の子が道を歩いているのを見つけた。遠くからでも、あのTシャツと短パン、麦わら帽子は、あの娘だとすぐにわかった。
しかし、僕は、それよりも今、心地よさを優先させたことと、向こうは気づいていないので、照れ臭いこともあり、知らないふりをし通り過ぎてもらった方が良いなと思い、なだらかな坂道のようになっている岩場の上で、大の字になり、日差しを受けて寝ていた。
どれくらいたったであろうか。ふと目をあけるとあたりは黒い雲、風も強くなってきて、ゲリラ豪雨のような空模様、雨も降ってきた。慌てて、岩場から坂道を滑り降り、雨宿りをしようと近くを探したが、良い場所が見つからなかった。しかし、よくよく探してみると、岩場の近くに、小さいながらも、雨がしのげる神社をみつけた。どうやら、水難事故を防止するための祈願をする場所のようだった。
なんとか滑り込み、雨宿りをすることができた。雨は本格的に降り始め、ゲリラ豪雨かつ線状降水帯のような感じで、長く降りそうな予感がする空模様である。海は荒れてきていて、空も暗くなっている。
この神社には普段はだれも管理する人はいないようで、境内はそれほど広くはないが、雨宿りをするには十分な屋根と廊下があった。社の廊下は、建物を一周しており、僕は、入口の階段に座り、雨が過ぎるのを待っていた。
そうこうしているうちに、うとうととしていた時に、廊下の方から、ギシギシとした足音が聞こえてきた。
「雨、すごいね」
振り返ると、そこには、あの時の娘がいた。遠くに見えたあの少女は、店番の娘で、同じく、雨宿りをせざるを得なくなった、ということだった。
「ここの土地の人じゃないよね」
そう話しながら、階段の僕の横に座ってきた。
「ほんと、雨すごいよね。あ、はじめまして。僕は、哲也といいます。ここから100 km離れた山辺村に住んでます。」
「へぇ、そうなんだ。どうりで見たことがないと思った。山辺村かぁ。どおりで、少し、田舎っぽいと思った」
彼女は、微笑み、珍しいものでも見ているような感じだった。
僕は、ムッとなりながらも、田舎者には間違いなく、言い返す言葉もなかった。
「昨日は、ありがとう。いつも元気な格好で、健康的だし、似合ってるね!」
と、良い意味で伝えた。彼女は、少し怒った感じで、
「こういう格好じゃダメなの?好みじゃない?」
僕は、内心、焦った。怒らせてしまった。そういう意味ではなかったんだけど、女子と話したこともないから、会話が続かない。
「どうせ、男は、みんな、女性らしい人がいいんでしょ」
とふてくされてしまった。
その後、長い長い時が過ぎた気がした。雨は、さらに強くなってきた。
「雨が強くなってきたね」
彼女が、話題を変えてきた。内心、助かった、と思いながら、
「そうだね。」
と話すのが精いっぱいだった。
その時、境内のケヤキの木が突然、ピカッと光り輝き、炎と共に、大きい爆発音が聞こえた。僕は同時に目をつぶった。
「うわっ。」「きゃっ。」
突然のことで、なにが起きたかわからなかったが、雷が落ちたんだろうと予想がついた。
目をあけると、ケヤキの木が2つに割れ、そのうちの1方がこちらに向かって倒れてくるのが見えた。
彼女も僕も、何もすることができなかった。二人とも目をつぶり、これが最後だと思った瞬間、僕の記憶がなくなった。
目を覚ますと、雨がやみ、風も穏やかで、天気が回復してきていた。ケヤキの木は、社を避け、境内の広場の方向に倒れていた。
大人たちが、復旧作業をしている様子が見えた。
僕は、階段で、気を失っていたようだった。あっ、と思い、周りを見渡してみたが、彼女の姿はなかった。父親が、騒ぎを聞きつけ、神社にやってきていた。携帯電話もスマートフォンもない時代だったので、父親と会うことができたのは、幸いだった。
そして、11歳、小学6年生の僕の夏休みは、不思議な体験と共に、終わった。
© 如花 康秀 2023-
1 高校時代編
(1) 出会い
(2) 引っ越し
(3) 再会
(4) 初登校
(5) 不良のリーダー
(6) カフェ
(7) 実力試験
(8) ゴールデンウイーク
(9) 気づき
(10) 並木通り
(11) 転機
(12) 友達
(13) 新しい生活
(14) 翌日から
(15) 体育祭
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